集中講義「メディアとリテラシーの未来」(講師:水越伸 先生)

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■集中講義のデザインとスタイル

2025年7月29日(火)から8月1日(金)までの4日間、情報学環オープンスタジオを舞台に大学院学際情報学府の授業「メディアとリテラシーの未来(文化・人間情報学XIV)」の集中講義が開催されました。講師は私、メディア研究者の水越伸(関西大学)で、博士課程ユ・ジミンさん(丹羽研究室)がTAとしてサポートしてくれました。この授業は、コミュニケーションの媒(なかだち)であるメディアに焦点をあてた学際的な知であるメディア論と、それと密接に結びついたメディア・リテラシーの基本的な考え方を学ぶことを目的としていました。学際情報学府と工学系研究科の多様な領域で研究に取り組む修士、および博士課程の18名が履修してくれました。

授業は大きく3つのパートに分かれていました。それらはメディア論とメディア・リテラシーの3つの系譜、すなわち「メディア・テクストの分析」「能動的なメディア表現」、そして「メディア・プラットフォームのデザイン」に対応して設定されました。いずれにおいてもワークショップ(以下、WS)を通して手を動かし、協働するスタイルを採り、最後にミニ講義とディスカッションでしめくくるかたちで進められました。それぞれのパートは、ただ観念的な理解と議論で終始するのではなく、メディアとリテラシーの未来を探るための技法を身につけることを課題としました。すなわち3つの技法、「深く見る技法」「物語る技法」「創造する技法」を体得することがねらいとされたのです。

■「深く見る技法:記号論的分析」

最初の「メディア・テクストの分析」では、「深く見る技法」を身につけるため、記号論的分析に取り組みました。学生は記号論のイロハに関する講義を受けた後、4つのチームに分かれて2つのミュージックビデオ(MV)、BTSの『Fake Love』(2018年)、Lisaの『Born Again』(2025年)の分析をおこないました。これらは私が日々YouTubeをチェックする中で見つけた、ずば抜けて複雑な物語性と濃い記号性を持つ作品として選んだものです。同じ1つのMVを2つの異なるメンバーからなるチームが分析していくわけです。このことは合評会で効果を発揮しました。

まずはMVのショットの数を数え、そこに映し出されたさまざまな記号の意味合いを読み取っていきます。大半の学生がBTSやBLACKPINKのLisaをよく知らず、最初は呆然と立ちすくむ学生も少なくありませんでした。しかしメンバーと何度もYouTubeを注意深く見ていくうちに、歌詞のメッセージを可視化するかたちでアイドルが踊っている程度のものだと思っていたMVに複雑で奥深い物語が眠っていることや、作品作りに取り組んだクリエイティブの凄味に、学生たちは気づいていきました。

合評会では、4つのチームがそれぞれ、MV全体のメッセージをわしづかみすることと特定の部分を詳細に分析するという2つの課題についての報告をおこない、ディスカッションをしました。BTSの『Fake Love』には、有名性がもたらす問題やファンとの関わり方における深い悩みが織り込まれていることが明らかになりました。LisaとDoja Cat、Rayeによる『Born Again』では、女性をめぐる歴史的な物語を新しいジェンダーとフェミニズムの観点から語り直していく試みが込められていることが浮き彫りにされました。いずれにおいても、2つのチームの解釈には共通する部分と異なる部分があること、チーム内でも意見が分かれるところがあることが話題となりました。私は、優れた作品では、誰もが共通して解釈することがらから多様な解釈が成り立ちうることがらまでが多層的に編み込まれているのではないかとコメントしました。

学生たちは、現代社会で誰もが日々当たり前のように接する映像コンテンツを、専門的に詳細に分析することで、クリエイターやアーティストがその作品に込めたメッセージを浮き彫りにし、その解釈に多様性があることを理解しました。こうして普段見ているようでじつは見ていなかったものを深く見る技法を実践的に体得したのでした。

■「物語る技法:推し語りストーリーテリング」

2日目の午後からは、「物語る技法」として推し語りストーリーテリングに取り組みました。デジタル・ストーリーテリングの応用版であるこの活動は、参加者の推しや好きなこと、興味があることを1つ取り上げ、自分のスマートフォンに眠る数十枚の写真を組み合わせ、「私は」「僕は」といった一人称で物語りを吹き込んだスライドショーを制作することが課題でした。

先の記号論的分析とは打って変わってオープンスタジオは静かになりました。学生たちは手元のコンピュータやスマートフォンで過去の写真を眺めながら各自がエピソードの断片を組み合わせて物語を編みあげていきます。時々、参加者はペア、あるいはトリオになって、そこまで考えた物語のアイディアや素材となる写真について説明し、コメントやダメだしをもらって修正するなどをして完成させていきました。この段階で、TAのユ・ジミンさんが、各自の録音を粘り強くサポートしてくれました。

記号論的分析がコンテンツを微分して理解していく活動だったとすれば、推し語りストーリーテリングは写真やエピソードを積分して表現するメディア実践だったといえます。合評会では、いつも人に話す内容からは一段も二段も深いところにある個人の物語が披露され、いずれも味わい深いものでした。なかには大笑いしたり、思わず目頭が熱くなる作品も少なくありませんでした。履修者は、ストーリーテリングの恥ずかしさとうれしさ、そしてむずかしさと大切さを体感することになりました。

■「創造する技法:魔改造ワークショップ」

最後は、現在、当たり前のように存在するメディア・プラットフォームを今とはちがうかたちにデザインしなおす試みに、再びグループワークで取り組みました。テーマは「学環・学府という学びの場を魔改造する」。3日目の夕方に、最初の記号論的分析とは異なる新たな4チームに分かれた学生たちは、4日目午前に私から学環・学府の設立の経緯や草創期の状況についての講義を受けた後、最後のWSに取り組みました。

記号論的分析では戸惑っていた学生たちは、ここでは最初から全員が一斉に喋りはじめました。4日目になって互いに打ち解けたこともありますが、学府の授業、研究スペース、建物、学生や教員との交流のあり方などについて、日頃からなんとなく感じてはいたものの誰かと意識的に共有したことがない思いや印象を述べる機会ができたとあって、堰を切ったように話し合いが渦巻いたといってよいでしょう。このWSで他研究科の学生のコメントや評価が貴重でした。また学部時代にデザインを学んだ学生たちは、ひさしぶりに立体図を描くことに精を出したりしました。

4チームのデザイン提案は模造紙とポストイット、ホワイトボードなどに描き出され ました。魔改造WSのポイントは、現実可能性があるかどうかはあまり考えず、あり得るかもしれないオルタナティブな学環学府を夢想してよいとしたことにあります。4つのチームの発表はおよそ次のようなものでした。

  • 福武ホールの地下2階から屋上まで含めたスペース活用の全体的リデザイン
  • バーチャルとリアルをグラデーション状に組み合わせた学びと交流の場の提案
  • 修士研究課題を、伝統的な論文ではなく、社会実践プロジェクトにするアイディア
  • 概論授業を改革して、学生が主体的に学ぶ新たな必修科目GAKKANルーレット構想

いずれもユニークな提案で、合評会はおおいに盛り上がりました。結果として設立25年目を迎える学環・学府のあり方を、参加者が再校する機会にもなったといえます。

■真夏の4日間を終えて

学生のレポートを読むと、今年で3回目となるこの集中講義は、日頃あまり交流のない学生同士が協働作業を通して交流する場となったこと、学環・学府という学びの場のありようを改めて振り返る機会を提供することになったようでした。また、メディアという日常の当たり前のモノやコトの存在を意識し、それらを批判的にとらえるためには独自の手続や技法が必要であること、そしてそれらは協働的な実践作業の中でこそ体得できること、さらには人文社会系の研究であっても、ゼロから1を生み出すためには仲間との協働作業が欠かせないことも体感してもらえたと思います。

4日間に3つのWSを詰め込み、そこに講義と合評会を差し挟むプログラムは学生にとってかなりハードだったはずです。しかし18名の履修者は、誰ひとり欠けることもなく、全員が積極的に発言し、仲間を助け、協力し合い、休む間もなく手を動かして図を描いたりものを作ったりし続けました。今回の真夏の合宿のような経験が、これからの18名の研究に何らかのかたちで役立つことになればさいわいです。

みんなお疲れさま。苦しいけど楽しかったね!

日時

2025年7月29日(火)〜8月1日(金)

参加者

18名

文責

水越伸

編集・撮影

ユ・ジミン



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