東京大学 本郷キャンパス 情報学環本館地下1階
東京大学情報学環 オープンスタジオ
Creative Futurists Showcase #2『TECH BIAS 2 ―分類されない「わたし」』
アーカイブ 2025年11月03日(月)
東京大学とソニーグループの協働による越境的未来共創社会連携講座(CFI)は、アート・デザイン・工学を通じてクリエイティブ・フューチャリストを育成する実践研究の場である。本展示『TECH BIAS 2―分類されない「わたし」』は、テクノロジーとバイアスをめぐる7か月の活動成果として、一般公開された。この展示で扱うテーマは主に「アルゴリズムによる人間の分類」であり、気づかぬうちにアルゴリズムに規定された「わたし」を生きることになりかねない現代の状況を、4チームがそれぞれの角度から批判的に検証した。各チームは東京大学の学生とソニーグループの社員が混在して構成され、グループ討論・問いの抽出・専門家対話・調査制作という4ステップを経て、インタラクティブなアート作品として成果を形にした。
以下に4つの展示作品をまとめる。
Label Me! チームメンバー:加藤夢生、張静雨、塩谷明日香、友利未夢、浜田雄
「分類したい/分類されたい」という人間の内なる欲望に着目したインタラクティブ作品。体験者はタブレットにニックネームを入力し、6つの質問に「はい/いいえ」で答えると、AIが画像・説明文・成分表を含むオリジナルラベルを生成する。それをOHPシートに印刷し、自分でペットボトルに貼り付けるという「出荷」の儀式を経た後、コンビニを模した冷蔵庫にそのボトルを陳列するか持ち帰るかを選ぶ。 特筆すべきは、体験者が意識しない「回答にかかった時間」まで計測され、結果に反映される点だ。ためらいがちに答えれば「優柔不断」と判断される。行動のログを本人の本音として扱うマーケティング的手法の模倣であり、気づかぬうちに収集されたデータが新たなバイアスを形成しうることを示す仕掛けだ。ラベルは「アルゴリズムに読み取られたわたし」の比喩であり、冷蔵庫は大量消費社会の比喩と見ることができる。「ラベルを一切持たない〈わたし〉は果たして存在できるのか」——その問いが体験の余韻として残る。
Bias Archive チームメンバー:Gabo Ananda、窪谷純、小谷知世、陳星如、葉いずみ、吉田翼
「広告の最終決定権が消費者にあったら?」という問いから生まれた参加型作品。広告はステレオタイプを再生産する側面を持つ一方、社会規範を前進させる力も持つ——その両義性を体験の軸に据えた。体験者はAIが生成したバイアスを含む広告3点を提示され、気になる箇所を選んでプロンプトで修正指示を入力する。AIが新たな広告を生成し、それはプリンターで出力されて「Bias Archive」と名付けられたファイルに蓄積されていく。 このアーカイブは「誰が・何のバイアスを感じ・どう変えようとしたか」という集合的批判の記録となる。本格的な趣味を求めるペルソナを男性と結びつけるカメラ広告や、育児を母親の役割として固定化する広告など、日常に潜むジェンダーバイアスを鋭く照らし出す。体験者は受け手にとどまらず、社会規範を書き換える試みに能動的に参加することになる。
même チームメンバー:眞鍋美祈、兵藤遥、江子淵、大平麻以、河西一樹
タイトルには「même(同じ)」「meme(模倣)」「me(私)」の三重の意味が込められている。作品は2つのインタラクションで構成される。ひとつは属性登録による「呪いの言葉」体験である。年齢・性別・学歴・婚姻・障害の有無などを入力すると、LLMが生成したバイアスに基づくコメントが反響の強い音声で流れる。悪意なき無神経な言葉が「呪い」のように響くことで、異なる他者を理解することの難しさと、自分もまた知らず知らず他者へ向けているバイアスの存在を体感させる。 もうひとつは水を用いたインスタレーション。上部から流れる無色透明な水(=名づけられる前の生命)は、アクリルガラスの流路で分岐され(=分類)、黄・緑・ピンクの着色水が注がれるシリンダーを経て(=社会的解釈)、最終的に混じり合った状態で器に注ぎ込まれる。デュシャンの「大ガラス」からインスピレーションを得たこの作品装置は、分類や役割付与が時に痛みを伴いながらも人生に色を与えるという、社会と自己の切り離せない関係を可視化する。
卵、割ってみない? チームメンバー:石田一真、伊藤鈴、杜雨桐、戸田結梨香、平松里彩、堀口竜也
ひびの入った大きな卵のオブジェ。その殻のかけらを手にすると、内側には映像が流れており、裏にはQRコードが印刷されている。タブレットにかざすとバイアスに関する問いが現れ、回答を入力して殻を戻すと他の参加者の答えが閲覧できる。 卵の殻は社会全体を覆う固定概念(ステレオタイプ)を、かけらは個人のバイアスを、割られた卵の中身はバイアスが多角化することで生まれる新しい社会の可能性を象徴する。このプロジェクトではバイアスを「個人の経験・社会的文脈・文化的環境が絡み合うことで形成されるもの」と捉え、体験者は自分を取り巻くバイアスを見つめ直し、異なる視点と出会うことで、少しずつ思考を更新していく。
3日間の展示にて、のべ167名の来場者が訪れた。今回の4作品に共通するのは、バイアスを「すでにそこにあるもの」として受け入れた上で、それとどう向き合うかを問う姿勢だ。アルゴリズムに「わたし」を規定されることへの抵抗と問い直しは、テクノロジーが日常に深く浸透する今、ますます切実な主題になっている。本展示はその問いを、鑑賞するものではなく参加し体験するものとして社会に開いた。
2025年10月25日(土) 〜 27日(月) 11:00〜18:00
東京大学情報学環オープンスタジオ
加藤夢生、張静雨、塩谷明日香、友利未夢、浜田雄、Gabo Ananda、窪谷純、小谷知世、陳星如、葉いずみ、吉田翼、眞鍋美祈、兵藤遥、江子淵、大平麻以、河西一樹、石田一真、伊藤鈴、杜雨桐、戸田結梨香、平松里彩、堀口竜也
筧 康明(東京大学大学院情報学環 教授)
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